
家族信託(民事信託)とは、自分の財産管理・承継を信頼できる家族に託し、財産の管理や処分を任せる制度です。
高齢の親が元気なうちに契約を結んでおくことで、たとえ認知症になって判断能力が低下した場合でも、資産が凍結されることなく信頼する家族が代理で管理・運用・処分を続けられます。
近年、成年後見制度や遺言に代わる新しい財産承継・管理の方法として注目されており、2007年の信託法改正をきっかけに日本でも本格的に利用が広まり始めました(※信託銀行の商品ではなく、あくまで家族間で契約を結ぶ「民事信託」です)。
本記事では、家族信託の基本的な仕組みとメリット・留意点について、一般の方にもわかりやすく解説します。
大切な財産とご家族の未来を守る選択肢として、家族信託の活用法をぜひ理解しておきましょう。
家族信託の基本的な仕組み
家族信託には主に「委託者」・「受託者」・「受益者」という3つの当事者が登場します。それぞれの役割は以下のとおりです。
- 委託者 … 財産を託す人(元の財産所有者)。例:資産を持つ親。信託契約によって自分の財産の管理・処分権限を信頼できる家族に託します。
- 受託者 … 託された財産を管理・運用・処分する人。例:信頼できる子ども。契約に基づき財産の名義を受託者へ移転し、受託者の責任で管理します。受託者には善管注意義務(専門家と同程度の注意をもって管理する義務)など受託者の法的責任が課され、勝手に私的流用することは許されません。
- 受益者 … 信託された財産から生じる利益を受け取る人。通常は委託者本人を受益者とします。例えば親が委託者兼受益者となり、自分の財産を子(受託者)に託して管理してもらうケースが典型です。なお契約によっては、委託者と別の家族を受益者に指定したり、委託者死亡後に受益権を次の世代に承継させる(二次受益者の指定)ことも可能です。
簡単に言えば、親が自分(委託者)の財産(不動産や預貯金など)を子ども(受託者)に託して管理してもらう契約を結ぶ形です。契約内容は公正証書による信託契約書にまとめ、不動産があれば受託者名義への登記変更(※「信託登記」といいます)、預金は信託専用の口座に移す等の手続きを行います。
その後、信託が開始すると受託者が契約に従い財産を管理・運用し、必要に応じて委託者の生活費や介護費用の支払いなどを行います。受益者が委託者本人の場合、委託者はこれまでどおり自分の財産から生じる利益(例えば不動産の賃料収入など)を受け取り続けることができます。
💡 ポイント:信託契約は「生前贈与」や「遺贈」とは異なる仕組みです。
家族信託では名義こそ受託者に移りますが、財産そのものは信託という特殊な枠組みで管理されます。受託者はあくまで管理者であり、受益者(委託者本人等)のために財産を扱う義務があります。そのため信託財産は受託者自身の財産とは法律上分別される(倒産隔離機能)点が特徴です。受託者が万一借金や倒産しても、信託財産まで差し押さえられないよう保護される利点があります。ただし、信託の内容によっては贈与や遺言とみなされる部分もあり、課税関係や相続人の遺留分にも影響しうるため注意が必要です。
家族信託はどんな場面で役立つ?
家族信託は「財産の管理・承継」を柔軟に設計できるため、さまざまな場面で活用されています。代表的なケースとして、次のような場面が挙げられます。
- 認知症対策 – 将来、親など財産所有者が認知症になって判断能力が低下すると、銀行口座から預金を引き出したり、不動産を処分したりといった行為が本人ではできなくなります。家族信託を活用して事前に信頼できる家族に管理を任せておけば、資産凍結を防ぎ、公的な成年後見制度を利用しなくても柔軟に財産管理を続けることが可能です。例えば高齢の父親が自宅や賃貸アパートを所有・経営しているケースで、息子を受託者として信託契約を結んでおけば、父親が認知症になった後も息子が賃貸物件を管理・売却して父の介護費用に充てる、といったことができます。
- 障碍のある子の「親亡き後」問題への備え – 障がいを持つお子さんがいるご家庭では、親が亡くなった後にその子の生活費や療養費をどう確保するかが大きな不安になります(いわゆる「親なき後問題」)。家族信託を利用すれば、親の財産を子どものために使うよう受託者に託し、親死亡後も受託者が財産を管理して定期的に生活費を給付するといった長期支援が可能です。遺言でも似た指定はできますが、信託のほうが柔軟に長期間にわたる管理・給付を続けられるメリットがあります。実際に信託銀行等が親亡き後に備えた福祉型信託商品を提供し始めており、自治体でも家族信託の活用を促す動きがあります(例:東京都社会福祉協議会のパンフレット等)。
- 二次相続・不動産共有トラブルの防止 – 親が亡くなって相続が発生すると、配偶者(親の妻・夫)と子どもたちが財産を相続し、その後配偶者が亡くなる「二次相続」が起こります。この際、不動産を複数の相続人で共有名義にすると管理や処分が難しくなり、トラブルの種になることが少なくありません。家族信託を活用すれば、特定の不動産を誰が管理し、最終的に誰に引き継ぐかまで親の意思で決めて契約に盛り込んでおけます。例えば「自宅不動産は長男を受託者兼管理者とし、一緒に住む次男には亡き後も一定期間の居住権を与える。最終的に自宅を売却して得た代金を兄弟で分配する」といった取り決めも可能です。こうすることで遺産分割後の争いを防ぎ、不動産の共有による煩雑な管理を避けられます。
- 事業承継や資産承継のコントロール – 自営業の事業資産や収益不動産、会社の株式などを次世代に引き継ぐ際にも家族信託が活用されています。信託契約で事業用資産を後継者(子ども等)に受託者として管理・運営させつつ、委託者である親が受益者として利益を受け取る形にすれば、引退後も安定収入を得ながら徐々に後継者に経営を任せていくことができます。また前述のとおり信託では「次の受益者」を指定できるため、委託者(親)亡き後の資産の行き先を孫世代まで細かく決めておける点もメリットです。遺言では通常、自分の死後の承継先(一代先)しか指定できませんが、家族信託なら二代先・三代先まで視野に入れた承継設計も可能となります。これは事業用資産の承継でも有効で、資産が分散して事業継続が困難になるのを防ぐことができます。
家族信託の主なメリット
家族信託を活用することで得られるメリットには、次のようなものがあります。
- 判断能力が低下しても資産凍結を防げる
家族信託最大のメリットは、財産管理が委託者本人の判断能力に左右されなくなることです。親など資産の持ち主が認知症になった場合でも、信託契約に基づき受託者(子ども等)が代理で財産の出し入れや不動産の売却などを行えるため、銀行口座が凍結されたり必要な支出ができなくなる事態を避けられます。公的制度である成年後見制度に比べて家族の意思を反映しやすく柔軟だと言われており、家庭の状況に合わせたオーダーメイドの財産管理が実現できます。 - 委託者の思い通りに資産承継プランを設計できる
家族信託では契約内容次第で財産の承継方法を自由に決められるため、委託者の「こう承継させたい」という思いを実現しやすい利点があります。例えば信託契約中に「次の受益者(委託者死亡後に利益を受け取る人)を○○とする」と定めておけば、遺言と同様の効果が法律上認められ、受託者はその指定に従って財産を承継させる義務があります。また遺言では通常できない二次、三次の承継先指定も信託契約内で可能です。これは「自分の財産を最終的には孫に残したい」といった希望を叶えることにもつながります。さらに信託によって不動産の共有を避けたり、事業用資産を特定の子に託すことで、相続開始後の遺産分割協議の手間を減らし、相続人の負担を軽減する効果も期待できます。 - 家族が受託者となるので費用面の負担が小さい
信託銀行など金融機関の「○○信託商品」を利用する場合、信託報酬や管理手数料など継続的な費用が発生します。これに対し家族信託は信託の仕組み自体は家族内で完結するため、専門家に支払う報酬以外のランニングコストは基本的にかかりません。受託者となる家族に報酬を支払うケースは少なく、多くは無報酬で親の財産を管理しています(もちろん、専門家に契約書作成や登記を依頼する費用は必要です)。信託財産の管理のために新たに信託口口座を作る程度で、信託契約後の維持費は抑えられるケースがほとんどです。※なお家族信託そのものに直接的な節税効果はない点に注意が必要です(後述)。 - 相続手続きの簡素化や納税資金の確保に寄与
家族信託をしておけば、委託者が亡くなった後も遺産分割協議を経ずに、信託契約の定めに従って資産を承継できます。たとえば預貯金について、通常は相続発生後に相続人間で遺産分割協議書を作成しないと口座の名義変更・払戻しができませんが、信託を活用していれば受託者がそのまま管理を続行できるためスムーズです。これは相続開始後の迅速な資金確保にもつながります。また不動産を信託している場合、信託財産から外れている他の遺産だけで相続税の申告・納税を完結させることも可能です。家族信託自体が相続税を安くするわけではありませんが、資産の分割・管理が円滑に進むことで結果的に二次相続での税負担増を防ぐ効果や、納税資金の段取りがしやすくなる効果が期待できます。
家族信託の留意点・デメリット
非常に有用な家族信託ですが、万能ではありません。利用にあたって注意すべきポイントやデメリットもいくつかあります。
- 契約内容の不備は信託自体が無効になる恐れも
家族信託を開始するには法律に則った正式な信託契約書を作成する必要があります。信託財産や受託者・受益者、信託の目的や存続期間など定める事項が多岐にわたるため、内容が不適切だと契約自体が無効と判断されたり、思わぬ税金問題が発生する恐れがあります。実際、信託の手続きは複雑で専門知識が要求されるため、家族だけで契約書を作ろうとして失敗すれば後々大きなトラブルになりかねません。必ず信託に詳しい専門家のサポートを受けて契約内容を設計することが重要です。 - 身上監護権は含まれない(財産管理以外の支援は別途検討を)
家族信託で委託者の財産管理を任せることはできますが、高齢者本人の身の回りの世話や介護方針の決定といった「身上監護」の権限までは含まれません。つまり、医療同意や介護サービスの契約など、財産管理以外の部分は信託ではカバーできないのです。高齢の親の生活全般を支えるには、任意後見契約や見守り契約など他の制度との組み合わせも検討が必要になります。実際、国民生活センターの解説でも「家族信託は遺言書の弱点を補う強力な手段だが、誰でも簡単に作れるものではない」と指摘されています。信託でカバーできない部分は公的制度やご家族の協力で補完しましょう。 - 契約は委託者が元気なうちに!判断能力が必要
家族信託を利用するには、委託者本人に契約内容を理解する判断能力が求められます。そのため、認知症がかなり進行してしまった後では信託契約を結ぶことはできません。もし契約前に委託者の判断能力が失われてしまった場合、成年後見制度で後見人を選任してもらうしかなくなってしまいます。せっかく信託を検討しても、タイミングを逃すと実現できない点に注意しましょう。「まだうちは大丈夫」と先延ばしにせず、できるだけ早めに専門家へ相談して準備を始めることをおすすめします。 - 親族間の合意と受託者の負担に配慮を
家族信託では特定の家族(受託者)に財産管理の権限が集中します。家族間の合意がないまま一部の人だけで信託を進めると、後で他の親族が不公平だと感じて揉める恐れもあります。また受託者には長期にわたり財産管理の責任と手間がかかりますので、「忙しくて管理しきれない」「精神的な負担が重い」といった問題も起こりえます。受託者に誰を選ぶかは慎重に検討し、事前に親族全員で十分に話し合っておくことが大切です。家族の理解と協力を得ておけば、信託開始後のトラブル発生リスクも格段に下がるでしょう。万一、受託者に不正行為があった場合は他の親族が家庭裁判所に訴えて解任する制度もありますが、できればそうした事態は避けたいものです。信託契約前の家族間でしっかり合意形成しておきましょう。 - 家族信託は節税策ではない(税務上の扱いに注意)
家族信託そのものには直接的な相続税・贈与税の節税効果はありません。信託を開始しても、財産の名義は受託者になりますが経済的な利益は委託者(受益者)に留まるため、税法上は贈与があったとはみなされず、評価額も下がらないからです(例えば不動産を信託して子ども名義にしても、受益権が親にある限り親の財産とみなされます)。ただし、信託の設計によっては委託者死亡時に受益権が次世代に移るタイミングで相続税課税が生じたり、信託財産の運用益に所得税が課税されたりするなど複雑なケースもあります。税務上の扱いは信託内容によって変わるため、事前に税理士を交えて慎重に検討しましょう。
家族信託の利用手続きと専門家への相談
家族信託を成功させるには、経験豊富な専門家のサポートのもとで進めることが不可欠です。
一般的な手続きの流れとしては、まず家族間で信託の目的や内容を十分に話し合い、合意を形成します。
その上で行政書士や司法書士、弁護士など信託に詳しい専門家に依頼して信託契約書を起案・作成します。契約は公証役場で公正証書として締結するのが確実でしょう。
不動産が信託財産に含まれる場合は、司法書士に依頼して不動産の所有権移転登記・信託登記を行います。
また信託専用の預金口座を開設する際、銀行により必要書類が異なるため専門家に準備してもらうとスムーズです。
契約内容によっては税金面の配慮も必要ですので、税理士から贈与税・相続税の取扱いについてアドバイスを受けることもあります。
当事者間だけで家族信託を組成するのは難易度が高いため、ぜひ専門家に相談して進めてください。
当事務所(行政書士事務所)でも家族信託のコーディネートや必要書類作成の支援を行っております(信託契約書案の作成、公証人との調整、信託登記は提携司法書士が対応)。
対応エリアは東京都多摩地域および東京都全域、埼玉県南部、神奈川県北部を中心に、その他地域もご相談に応じます。ご家族ごとに状況やご希望が異なるため、家族信託の設計はまさにオーダーメイドです。「うちの場合は家族信託できるの?メリットはあるの?」といった疑問にも専門家が丁寧にお答えします。
大切な資産を守り円満な財産承継を実現するために、ぜひ一度ご相談ください。
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